性能を追求した太陽光発電 価格

金権亡者と寄生虫官僚どもが直接の犯人でしょうが、しかし本質的には、やはり一般住民の意識の低さが致命的です。 たとえば野鳥の会の会員数と猟友会の会員数の各人口比を欧米と比べてみるだけでも、わが日本は「経済大国」などと言ってみても実は低レベルの野蛮人だということがわかるでしょう。
なさけないけれど、それがわが祖国の実態なのであります。 こんど、日高山脈に横断自動車道がまた作られようとしているというので、その背景を調べてみました。
結果は「A新聞」(東日本のみ注)に報告しましたが、それはこのような立場から取材したものであります。 原発を「誘致」したい地元の人々へ交通事故であなたが死ぬ可能性は、たとえ自動車やオートバイを運転していなくても、あるていどの確率で避けられない。
もっとも自動車などの一切こられぬ山中か離島に住んでいて出て行かなければいいが、普通の日本での生活であれば、たいていの人は交通事故の確率がゼロではないことを知っている。 ただ、それが現実に自分にまわってくるまでは、どうしても危険を切実には感じないのであろう。
しかし交通事故というものは、自然の災害とある程度通ずる部分もあって、その個人の生命が天命よりも短くなっただけだ。 「だけ」という言い方はおかしいが、要するにある固なり民族なり地域社会なりがその「まとまり」としての生命(文化的生命も含めて〉を損なわれることなく存続することができる。
しかも完全に避けようと思えば、家から出ないとか、特別な場所にこもるとかして避けることも不可能ではない。 だが、原子力発電所はどうか。

その「安全論者」の説明をいくらきいても、「絶対安全」という言葉はついになく、単に「確率、が非常に低い」「可能性はきわめて少ない」だけのことである。 確かに、たとえばジェット機を交通手段に採用するに際して大事故の可能性はあったし、現に旅客機はときどき落ちて悲惨なことになっているが、だからすべてのジェット機を廃棄せよというところまではいかない。
それは、「低い確率」が現実化しでも、人類としてのまとまり大は全地球、小は地域社会ーーを破滅させるほどの悲劇をもたらしはしないからである。 しかし、「原発」は違う。
いかに確率が低くても、ただの一度が最初で最後になるのだ。 原発は全く原爆と同じものである。



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